
インストラクショナルデザインとは何かを基礎から理解する
企業研修やeラーニング、社内教育の企画・運営に携わっていると、「研修を実施しているのに、なかなか学習成果につながらない」「受講者によって理解度に差が出る」といった課題に直面することがあります。
こうした課題を解決するために注目されているのが、インストラクショナルデザインです。
インストラクショナルデザインとは、学習者が必要な知識やスキルを身につけ、期待する行動や成果につなげられるように、学習内容・方法・教材・評価などを体系的に設計する考え方です。
インストラクショナルデザインは、単に「わかりやすい研修資料を作る」ことではありません。誰に、何を、どこまで身につけてもらうのかを明確にし、その成果をどのように確認するのかまで一貫して考えることが重要です。
この記事では、英国大学の教育工学博士号を持つ筆者が、インストラクショナルデザインの基本的な意味から代表的なモデル、実践手順、企業研修への活用方法まで、実務で使える形でわかりやすく解説します。
インストラクショナルデザインの意味と目的
教育設計としての基本概念
インストラクショナルデザイン(Instructional Design、略してID)は、日本語では「教授設計」「教育設計」などと訳されます。
その目的は、学習者が効果的・効率的に学び、期待される学習成果を達成できるように、教育や研修を設計することです。
たとえば、新入社員向けに「ビジネスマナー研修」を実施するとします。
「ビジネスマナーについて説明する」というだけでは、研修の設計としては不十分です。
インストラクショナルデザインでは、
- 受講者は誰なのか
- 受講者は現在どの程度の知識やスキルを持っているのか
- 研修終了後に何ができるようになってほしいのか
- どのような学習方法が適しているのか
- 学習できたかどうかをどう評価するのか
といった点を整理します。
つまり、講師が「何を教えるか」だけではなく、学習者が「何をできるようになるか」から逆算して教育を設計するのがインストラクショナルデザインの基本です。
学習目標と評価をそろえる考え方
インストラクショナルデザインで特に重要なのが、学習目標と評価方法の整合性です。
たとえば、「営業担当者が顧客との商談で適切な質問ができるようになる」という目標を設定したとします。
この場合、研修後に知識テストだけを実施しても、実際に質問するスキルが身についたかどうかは十分に判断できません。
そこで、
学習目標 → 学習活動 → 評価
を一貫させます。
たとえば、
- 学習目標:顧客の課題を引き出す質問ができる
- 学習活動:質問例を学ぶ、ケースを検討する、ロールプレイを行う
- 評価:ロールプレイで適切な質問ができるか確認する
という設計です。
このように「教えた内容」ではなく「目標とする行動ができるようになったか」を評価することで、研修の実効性を高められます。
インストラクショナルデザインが注目される背景
研修とeラーニングで重要性が高まる理由
企業では、集合研修だけでなく、eラーニング、動画教材、オンライン研修、LMS(Learning Management System)を活用した学習など、さまざまな教育手段が使われるようになっています。
学習方法の選択肢が増えた一方で、「動画を配信しただけ」「教材を用意しただけ」では、必ずしも学習成果につながりません。
特にeラーニングでは、講師がその場で受講者の反応を確認することが難しくなります。
そのため、
- 何を学ぶのか
- なぜ学ぶのか
- どの順番で学ぶのか
- どの程度理解すれば次に進むのか
- 学習後に何を実践するのか
まで事前に設計することが重要です。
インストラクショナルデザインは、こうした多様な学習環境において、教育の品質を体系的に考えるための土台になります。
勘や経験に頼らない設計が求められる理由
研修担当者や講師の経験は重要ですが、経験や勘だけに頼った研修設計には限界があります。
たとえば、過去に効果があった研修をそのまま実施しても、受講者の経験、業務内容、組織の課題が変われば、同じ成果が得られるとは限りません。
インストラクショナルデザインでは、学習者の現状や業務上の課題を分析し、その結果に基づいて研修内容を決定します。
そのため、「とりあえずこの内容を教える」という発想から、
「この課題を解決するために、どのような学習が必要なのか」
という発想へ転換できます。
研修を継続的に改善していくうえでも、こうした体系的な考え方が役立ちます。
インストラクショナルデザインの代表モデル
インストラクショナルデザインには、目的や課題に応じて活用できる複数のモデルがあります。
代表的なものが、ADDIEモデル、ARCSモデル、ガニェの9教授事象です。
ADDIEモデル
ADDIEモデルは、インストラクショナルデザインを考える際によく使われる代表的なモデルです。
ADDIEは、次の5つのプロセスの頭文字を取ったものです。
- Analysis(分析)
- Design(設計)
- Development(開発)
- Implementation(実施)
- Evaluation(評価)
まず、学習者や業務上の課題を分析します。
次に、学習目標や評価方法、学習内容などを設計し、その設計に基づいて教材を開発します。そして研修やeラーニングを実施し、最後に成果を評価します。
重要なのは、ADDIEを単なる一方向の手順として捉えないことです。
評価結果から課題を発見したら、設計や教材、実施方法を見直します。
つまり、
分析 → 設計 → 開発 → 実施 → 評価 → 改善
という改善サイクルとして活用することがポイントです。
SAMモデル
SAMモデル(Successive Approximation Model)は、研修や教材を開発する際に、試作と改善を繰り返しながら学習コンテンツを完成させていくインストラクショナルデザインのモデルです。
ADDIEモデルが「分析→設計→開発→実施→評価」というプロセスを整理し、段階的に進めるのに対して、SAMモデルでは、最初から完成形を目指すのではなく、早い段階で試作品を作り、受講者や関係者からフィードバックを得ながら改善していく点に特徴があります。
SAMでは、一般的に次のようなサイクルで開発を進めます。
- 準備:学習者や課題、必要な要件などを確認する
- 反復的な設計:アイデアや構成を検討し、関係者と認識を合わせる
- 試作・評価・改善:教材や研修を試作し、フィードバックを反映して改良する
たとえば、新しいeラーニング教材を制作する場合、すべての動画や教材を完成させてから公開するのではなく、まず一部の教材を試作します。その段階で受講者や現場担当者に確認してもらい、「説明がわかりにくい」「演習が実務と合っていない」といった意見を取り入れながら改善します。
SAMモデルは、短期間で教材を開発したい場合や、受講者・現場のフィードバックを反映しながら研修を作り込みたい場合に適しています。特に、学習ニーズが変化しやすいテーマや、完成形を事前に明確に決めにくいプロジェクトとの相性がよいでしょう。
一方で、関係者とのレビューや試作・改善を繰り返すため、関係者の協力体制や迅速な意思決定が求められます。
ADDIEとSAMはどちらか一方だけを使う必要はありません。全体の研修設計ではADDIEの考え方を使いながら、教材開発の部分ではSAMのように試作と改善を繰り返すなど、目的に応じて組み合わせて活用することもできます。
ARCSモデル
ARCSモデルは、学習者の「学習意欲」に着目したモデルです。
次の4つの要素から構成されています。
- Attention(注意):興味や関心を引きつける
- Relevance(関連性):学習内容が自分に関係すると感じてもらう
- Confidence(自信):できそうだという感覚を持ってもらう
- Satisfaction(満足感):学習の成果や達成感を感じてもらう
たとえば、コンプライアンス研修で最初から規程を説明するのではなく、実際に起こり得る事例を提示して「自分ならどう対応するか」を考えてもらえば、Attentionにつながります。
また、「この研修内容は日々の業務でどのように役立つのか」を明確にすれば、Relevanceを高められます。
研修内容が正しくても、受講者が「自分には関係ない」「難しすぎる」と感じれば、学習効果は期待しにくくなります。
そのため、学習内容だけでなく、学習者の意欲をどう支えるかもインストラクショナルデザインでは重要です。
ガニェの9教授事象と学習成果の考え方
ガニェの9教授事象は、学習を効果的に進めるための9つの働きかけを整理した考え方です。
代表的には、以下のような流れで構成されます。
- 学習者の注意を引く
- 学習目標を伝える
- 既有知識を思い出させる
- 新しい内容を提示する
- 学習を支援する
- 練習の機会を与える
- フィードバックする
- 学習成果を評価する
- 学習内容の保持・転移を促す
たとえば、新しい業務システムの操作研修であれば、実際の業務場面を提示して関心を引き、研修後にできるようになる操作を示したうえで、説明、演習、フィードバックへ進むといった設計ができます。
特に重要なのは、説明だけで終わらせず、練習とフィードバックを組み込むことです。
知識を「知っている」状態と、業務で「できる」状態は同じではありません。
インストラクショナルデザインの実践手順
ここからは、インストラクショナルデザインを実際の研修設計に取り入れる基本的な手順を見ていきましょう。
分析で学習者と課題を明確にする
最初に行うのが分析です。
まず、「誰のための研修なのか」を明確にします。
たとえば同じ営業研修でも、新入社員と経験豊富な営業担当者では、必要な学習内容が異なります。
分析では、次のような項目を確認します。
- 学習者は誰か
- 現在どのような知識・スキルを持っているか
- 業務上どのような課題があるか
- 研修によって何を改善したいのか
- 研修以外に原因となる要素はないか
特に注意したいのが、すべての業務課題が「研修で解決できる」とは限らないことです。
たとえば、営業成績が低い原因が「商品知識不足」なら研修が有効かもしれません。
一方で、業務システムが使いにくい、目標設定が不適切、必要な情報が現場に共有されていないといった問題であれば、研修だけでは解決できません。
まず課題の原因を見極めることが重要です。
設計で学習目標と評価方法を決める
分析が終わったら、学習目標を設定します。
学習目標は、「理解する」「知識を得る」といった抽象的な表現だけではなく、学習後に何ができるようになるのかを具体化すると設計しやすくなります。
たとえば、
「顧客対応について理解する」
よりも、
「顧客から要望を聞き取り、必要な情報を整理して適切な提案につなげられる」
のようにすると、目標達成の状態が明確になります。
次に、その目標をどのように評価するかを決めます。
ここで重要なのは、教材を作ってから評価方法を考えるのではなく、学習目標と評価方法を先に考えることです。
「何をできるようになれば合格なのか」が明確になれば、必要な教材や演習内容も決めやすくなります。
開発・実施・評価で改善を回す
設計ができたら、教材や研修プログラムを開発します。
集合研修なら、講義資料だけでなく、ケーススタディ、グループワーク、ロールプレイ、確認テストなどを組み合わせます。
eラーニングなら、動画、テキスト、確認問題、演習、課題提出などを組み合わせる方法があります。
実施後は、必ず評価を行います。
評価では、単純に「受講者が満足したか」だけを見るのではなく、
- 学習目標を達成できたか
- 知識・スキルが身についたか
- 現場で行動が変化したか
- 業務上の成果につながったか
といった複数の視点から確認します。
たとえば研修満足度が高くても、現場で行動が変わっていなければ、研修設計に改善の余地があるかもしれません。
評価結果を次の分析や設計に反映することで、研修の品質を継続的に高められます。
インストラクショナルデザインを研修設計に活かす方法
企業研修での活用例と失敗しやすいポイント
インストラクショナルデザインは、さまざまな企業研修に活用できます。
たとえば、新入社員研修であれば、
課題: 新入社員が顧客との基本的なコミュニケーションを実践できない
という課題に対して、
学習目標: 顧客との基本的な会話を適切に進められる
学習活動: 基礎知識の学習、事例検討、ロールプレイ
評価: 実際の顧客対応を想定したロールプレイ
というように設計できます。
管理職研修であれば、マネジメント理論を説明するだけではなく、部下との1on1やフィードバックの場面を想定したケース演習を取り入れることで、実践につなげやすくなります。
一方、企業研修では次のような失敗が起こりやすいため注意が必要です。
失敗1:情報を詰め込みすぎる
「せっかくの研修だから」と多くの情報を盛り込むと、受講者が重要なポイントを理解できなくなることがあります。
失敗2:受講者ではなく講師を中心に設計する
「講師が説明しやすい内容」と「受講者が学びやすい内容」は必ずしも一致しません。
失敗3:評価が知識テストだけになる
実践的なスキルを身につける研修では、知識を覚えたかだけでなく、実際に行動できるかを評価する必要があります。
失敗4:研修後のフォローがない
研修で学んだことを現場で使わなければ、学習成果が定着しない場合があります。
そのため、研修後の課題、上司からのフィードバック、実務での実践機会などを設計段階から考えておくことが重要です。
インストラクショナルデザインを実務に取り入れるポイント
インストラクショナルデザインを導入するとき、最初から高度なモデルをすべて使いこなす必要はありません。
まずは、次の5つを確認するだけでも、研修設計を大きく改善できます。
- 誰が学ぶのか
- 何ができるようになってほしいのか
- どうやって学んでもらうのか
- できるようになったことをどう評価するのか
- 実施後に何を改善するのか
特に、「研修を実施すること」自体を目的にしないことが大切です。
研修の本来の目的は、受講者の学習成果や行動変容、さらには業務上の成果につなげることにあります。
そのためには、研修担当者だけで設計するのではなく、現場管理職や受講者、必要に応じて業務部門とも課題認識を共有することが有効です。
また、集合研修・eラーニング・動画・OJTなどを目的に応じて組み合わせることも重要です。
まとめ
インストラクショナルデザインとは、学習者が必要な知識やスキルを身につけ、期待される成果につなげられるように、教育・研修を体系的に設計する考え方です。
ポイントを整理すると、次のようになります。
- インストラクショナルデザインは教育や研修を体系的に設計するための考え方
- 「何を教えるか」だけでなく「何ができるようになるか」を重視する
- 学習目標・学習活動・評価方法を一貫させることが重要
- ADDIE、ARCS、ガニェの9教授事象などの代表モデルがある
- 分析・設計・開発・実施・評価を繰り返して改善する
- 企業研修では、知識の習得だけでなく実務での行動変容まで考える
- eラーニングやオンライン学習でも、学習者を中心とした設計が重要
研修の成果を高めるためには、「良い教材を作る」「わかりやすく説明する」だけでは十分ではありません。
学習者の課題を分析し、具体的な学習目標を設定し、その目標に合った学習方法と評価方法を設計する。
この一連の考え方を取り入れることが、インストラクショナルデザインを実務で活用する第一歩です。
自社の研修を見直す際には、まず現在実施している研修について「受講者は研修後に何ができるようになっているべきか」「その成果をどのように確認しているか」を整理してみましょう。
もし学習目標や評価方法が曖昧になっている場合は、そこから見直すことで、研修をより効果的な教育プログラムへ改善できる可能性があります。
研修設計に課題を感じている場合は、インストラクショナルデザインの考え方を取り入れながら、自社の人材育成課題に合わせて研修プログラム全体を設計し直すことも有効です。
Ceriseworksでは、理解を高め、結果を出すためのインストラクショナルデザインの支援を行っています。お問い合わせページよりお気軽にご連絡ください。


